月に叢雲花に嵐

1日1枚フォトダイアリー

蒼天已死黃天當立

今週のお題「最近読んでるもの」と言うのがあるが

読んでいるのはちくま学芸文庫史記である。

全8巻で全文訳、新品だと全巻セットで1万円以上するので中古で入手した。

最近は古本屋を横断検索できたりするので楽である。

 

三国志から入って中国史はある程度知識があると自負しているのだが、

キングダムの李牧のあまりの扱いのひどさに

つい入手してしまった。

 

千字文に曰く起翦頗牧用軍最精

起は白起、翦は王翦、頗は廉頗、牧は李牧である。

千字文は梁…三国→晋→東晋→宋→斉→梁の時代の作である。

楽毅や田単、項羽韓信、李広や呂布、衛青や霍去病、周瑜や謝玄、

檀道済や陳慶之、宇宙大将軍侯景を差し置いて

名将中の名将として挙げられている。

なお千字文には蒙恬呂布も登場する。

そういえば史記を書いた司馬遷

キングダムの主人公の子孫をかばって刑を受けている。

 

現在、ようやく秦本紀第五までたどり着いたが

白文がないのがやや不満である。

あと本紀は子の○○即位、○年死亡とかいうモブ王が多すぎる…

紂王とか幽王とか出番があるだけマシな気がしてくる。

 

さて史記は五帝本紀第一からスタートするのだが

冒頭にこうある。

黄帝は小典の子で、姓は公孫、名は軒えん(車偏に袁)…

イチョウのことを公孫樹と書くが、

黄葉する樹なので黄帝の姓からとっている…と言う説がある。

 

前置きが長くなってしまったが本日も公孫樹の写真。

20231110092512

OLYMPUS OM-D E-M5 MarkII + LUMIX G X VARIO PZ 45-175mm(49mm) SS1/1600 F4.2 ISO200

ソフトファンタジー ドラマチックトーン

 

ソフトファンタジーはフォギーと比べて拡散の範囲は狭いが

その分強くかかる。

しかし、黄色い公孫樹の葉よりも

車や水面の照り返しの白の方が拡散が強くなる。

 

やはりソフトフォーカスレンズが使いたい。

 

余談ながら千字文は梁の武帝が皇太子の漢字の勉強用に作らせたと言う。

その皇太子は侯景の傀儡にされ、

侯景を宇宙大将軍に任命する羽目になったあげく悲劇的な最期を遂げる。

平家物語では侯景よりも朱异(周異と誤記されている)が悪人とされている。

呂布と侯景は登用する方が悪い)

 

古事記では千字文応神天皇の時代(在位270~310年)に伝えられ、

これにより日本に漢字が伝わったとされるが、

今に伝わる千字文をつくった周興嗣は470~521年の人である。

 

司馬懿の孫の司馬炎が呉を滅ぼすのが280年なので

古事記によると千字文が伝わったのもこのころと言うことになる。

三国志では238年と247年に邪馬台国卑弥呼が魏に使いを送り、247年に死去したとある。

応神天皇の母親が神功皇后で、伝わった千字文

鍾繇(151~230年…蜀を滅ぼす鍾会の父親)の古千字文だったとすると

多少誤差はあるものの一応、辻褄は合うが、

当時、楷書は確立していなかったので熹平石経のような隷書であったと言うことになる。

もっとも、天発神讖碑なども造られたりしている時期なので実際のところはわからないが。

なお南北朝北朝の隋に統一されるのが589年で

607年に聖徳太子が使いを送っている。

卑弥呼から聖徳太子の間、倭の五王がいずれも南朝朝貢している。

漢字の音読みが呉音であり、現在の中国語と全く違うのはこのためと思われる。

 

三国が統一されてめでたしめでたしで終わると思いきや、

真のカオスは統一後に始まり、

司馬炎死後、司馬一族が壮絶なバトルロワイアルを展開した挙句、

引き入れた外人部隊が反乱を起こし、北部は五胡十六国

倭が南朝朝貢してるのはわかっている…

もっとも当時、朝鮮半島に進出していたので

単に遠交近攻策だったのかもしれないが。

 

三国時代曹操が死んで曹丕が簒奪する220年からで

(実際は184年に黄巾の乱が起きてから戦乱は続いている)

司馬炎が統一するのは280年で厳密にはちょうど60年だが

晋は290年に司馬炎が死ぬと八王の乱が起き311年に実質滅亡、

318年残党が東晋をつくり、隋が統一するのが589年。

南北朝は271年続く。

申侯と犬戎が幽王を滅ぼし始皇帝が統一するまではその倍くらいかかっているが。