月に叢雲花に嵐

1日1枚フォトダイアリー

東本願寺御影堂門

京都タワーの脇を抜けて

烏丸通りを北上すると東本願寺に出る。

 

本願寺と言うと織田信長とも戦った一向一揆で有名だが

当時、京都の町衆は、鍋冠日親の活躍もあってか

日蓮宗が多かった。

本願寺は山科にあったのだが、1532年に法華一揆に焼き討ちされてしまい、

石山に拠点を移した。

 

一方、勝利を収めた法華一揆も1536年に延暦寺に破れ

京を追放されることになる。

この一連の動きを天文法華の乱と言い、

一向一揆側の動きを享禄・天文の乱と言う…

 

石山本願寺も1580年織田信長に敗れ、顕如紀伊に退去する。

この際、顕如の長男教如は徹底抗戦を主張して義絶されてしまう。

 

のち1591年に豊臣秀吉から寄進を受け、堀川六条に本願寺を再建する。

一方、1602年に教如も許され烏丸七条に寄進を受け東本願寺が建立された。

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pixel7a 5.43mm SS1/3952.57 F1.89 ISO45

 

この門は御影堂門と言い、世界最大級の木造建築の山門であり、

重要文化財である。

もっとも現存するものは1911年に再建されたものなのだ。

この寺は江戸時代に何度か火災に見舞われている。

 

そういえば父は歴史小説も好きだったので、小生もよく読んでいた。

中学生の頃の愛読書は昭和62年刊行の小学館のジュニア日本の歴史で

その後は集英社版日本の歴史を繰り返し読んでいた。

吉川英治宮本武蔵とか

戸部新十郎蜂須賀小六とか

司馬遼太郎播磨灘物語とか

堺屋太一豊臣秀長とかはいまだに記憶にある。

吉川英治というと三国志水滸伝が途中で終わるのは何とかしてほしかった…

 

父は死の間際に奥の細道の関連書籍を読んでいたようだ。

夢は枯野をかけめぐっていたのだろうか…

 

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