孫子の原文では
其疾如風 其徐如林 侵掠如火 不動如山 難知如陰 動如雷震
掠郷分衆 廓地分利 懸権而動
とある。
その疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、
侵略すること火の如く、動かざること山の如く、
知り難きこと陰の如く、ひとたび動けば雷震の如し。
郷を掠めんには衆を分かち、地を廓(広)げんには利を分かち、
権に懸けて而してこれを動かす。
最後の3節は
事業を成功させるには各部署に十分な人員を配備し、
得られた利益に応じてきちんと報酬を還元し、
それでようやく部下を働かせる権限を得ることができると言っている。
どこかの国の経営者に聞かせたいセリフである。
会社は株主のものなので、兵隊の賃金を上げるなんてとんでもない!
孫子は前に書いているが
孔子とほぼ同時代の人で
孔子は魯の定公の家臣。
孫子は呉王闔閭の家臣だった。
孫子が活躍した柏挙の戦いは紀元前506年。
孔子が活躍した夾谷の会が紀元前500年。
秦王政が中国を統一するのは紀元前221年…キングダムの時代より250年程前である。
当初、孫子は実在しないという説もあったが、
1972年に山東省臨沂県銀雀山の前漢時代(紀元前134年から紀元前118年)
の墓から
いろいろつじつまが合った。
それにしてもこの墓…誰の墓だろう…
(曹操は質素に葬れと厳命し、2007年に発見された墓は実際に質素だったらしいが)
当時、これだけ集めるだけでも莫大な費用がかかったであろう。
この時期、衛青や霍去病や李広(キングダムの主人公の子孫で孫は中島敦の小説で有名な李陵。飛将軍と言われた。)はまだ健在である。
少し前のエースと言うと紀元前154年の呉楚七国の乱を鎮圧した周亜夫だが
彼の墓は河北省上静郡にあるようだ。
とすると紀元前145年に死んだ欒布か…
彼は鄃(山東省徳州市夏津県)の侯に封ぜられていた。少し遠いけど。
まぁ兵法オタクであれば活躍できるとは限らないのだが。
コレクターと言うと唐の太宗が王羲之のコレクターで
彼は集めたコレクションを全て墓に埋めてしまったという話がある。
…なんてひどいことを…
また清の乾隆帝は収集した書に印を押しまくることで有名である。
なお銀雀山で発見された竹簡写本は隷書の筆書きだが、
最初に書かれた時代は筆がなかった(筆は蒙恬が発明した)はずなので
どのような書体で書かれたのかも興味深い。
一説には、尖らせた木の棒で漆をつけて書く蝌蚪文字と言う文字があったという。
この蝌蚪文字で書かれた論語などの経典であったとされる。
しかし現在は創作であると言われている。
風林火山に戻るが、
逃げ上手の若君に風林火山の旗印を日本で最初に使ったのは
北畠顕家と言う話が出てくるが真偽は不明。
風林火山がデザインしてある。
前置きが長くなったが
1月6日に見かけたキマダラカメムシ。
1月14日にも同じ場所で頑張っていた。
動かざること山のごとし。
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…とは言うものの先日見に行ったらいなくなっていたので、
天敵に食われたか、暖かい日に移動したのかしたらしい。
諸行無常である。
