夏になるとトンボが尻尾を上に立てて止まっているのをよく見かける。
この姿勢をオベリスク姿勢という。
OM-1 Mark II + M.ZUIKO DIGITAL ED 300mm F4.0 IS PRO + MC-14 SS1/400 F5.6 ISO200
効果としては太陽光の直射する面積を減らし、
体温を調節するためにこのポーズをとるというが
正直、胴体が熱を吸収する黒色でさらにメタリックな翅で輻射しているなら効果は薄そうである…
昨日KEN師匠の「どうも英語圏の人達は」という記事を題材にしたが
今日は「ミノルタαの勧め」という記事を…
ボロクソに言われているPENTAXを擁護するとw
記事が書かれた2001年1月のPENTAXはハイパー操作系を搭載したZシリーズがデザインのあまりのダサさに(?)大こけし、PENTAXももはやこれまでか…と思われたのだが、
小型軽量でシンプル操作のMZシリーズが好評を博し、息を吹き返しつつあった。
当時マニュアルフォーカスのころと比べてカメラは大きく重くなっていて、APSフィルムなども登場していたが、35mmでこのサイズの一眼レフは差別化が明確だったのである。
名高いFA Limitedが登場したのもこのころである。
つまり、小型化のために縦位置グリップがなかったりアングルファインダーが特殊装備扱いなのは仕方ないw
この記事の直後に満を持して上級機のジャミラことMZ-Sが発売され、縦位置グリップとハイパー操作系が復活したのであるが…
全てにおいて中途半端なうえデザインのあまりのダサさに、このカメラも大こけし、PENTAXももはやこれまでか…と思われた…w
そう…ペンタキアンにとって「PENTAXももはやこれまで…」は、またか…なのである…
(今度こそマジかもわからんが…)
ちなみにPENTAXはキヤノンのアングルファインダーを使うことができた。
それどころかKiss用のケーブルレリーズが使えたような気がするw
ここに書かれているようにミノルタのスクリーンは非常に見やすかった。
よもやこのメーカーが(ソニーになっていたが)真っ先に光学ファインダーを捨ててしまうとは思わなかった。
実はうちはミノルタの家系で、祖父と父はミノルタの一眼レフを使っていた。
一方、祖母はペンタキアンであったらしい。
幼いころ祖父母の家に行っては壊れたカメラ…確か金属製のフィルム手動巻き上げ式レンジファインダー風レンズ一体型カメラ…で遊んでいた。
おそらく祖父や父がミノルタを使っていたのは1985年のαショックの影響だろう。
よもやその21年後にセカンドインパクト(ミノルタのカメラ撤退)が起るとは予想だにしなかったろう。
(ちなみにサードインパクトはフルサイズミラーレスの投入と言うことになるだろうか)
父はレンズにこだわる風ではなかったし、ボケにこだわる風でもなかったが…
さて、小生がはじめて購入したのはEOS Kiss Digital Nだった。
(2005年発売…つまり小生が写真をはじめて21年くらいたっているのだがその割に腕が…)
父にはキヤノンなんてアセンブリメーカーだと言われたが、
小生は当時キヤノンだけがイメージセンサーを内製していたことを知っていたし、
何よりもマウントアダプターを使用すればニコンもコンタックスもOMもライカRのレンズも使えることを知っていた。
購入に先立ちKEN師匠のところをはじめ様々なところで知識を得ていたのである。
まぁ…結局4マウント併用になってしまうのだが…
かなり長い間フィルムを使い続けたKEN師匠だが
デジタルに移行した際に…なぜ、当時すでにフルサイズミラーレスを投入していたソニーにしなかったのかと聞いたことがある。
ソニーはミノルタの後継メーカーであるし、ミラーレスならマウントアダプター併用でαのレンズはもちろん、EOSのレンズ資産を活かせるのである。
その回答はソニーは二重露光できないからと言うものであった。
師匠は今もEOS 6Dを使いみごとな写真を撮られている。
おそらくこのカメラを使い続けているのは、縦位置グリップで単三電池が使え、フォーカシングスクリーンの交換ができるからであろう。
そして、写真はカメラよりやっぱ腕だよなぁと思うのである…
KEN師匠の最新記事…ボケがすばらしい…
美しいMACRO APO Lantharによるボケの世界…
少し口径食(レモンボケ)が出てるのはタムロンの35mmか
